
市内のNPO法人の忘年会があり、宴席中、私の隣席にいたその会の理事長さんからとてもうれしいお話がありました。
ついては「その事をネットで拡散して頂いて結構です」とのお言葉を頂きましたので、お客様の声として、次のように掲載させて頂きます。
(文面についてはお客様のご了承を頂いております。)
「悠Uサンルーム」
主人がこの3月に教員生活を終えたのを機に、私たち夫婦の長年の夢であった幾久屋さんの「悠Uサンルーム」を造って頂きました。
幾久屋の会長さんとは親交があり、その良さは常々聞いており、また、想像をしておりました。完成を見て、想像以上の出来栄え、そして、その「絶対快適空間」に大変満足しています。
私には二人の息子とすでに結婚して別に所帯を持っている娘が一人おります。娘の旦那さんは犬が苦手で、結婚以来一度も、犬がいつもいる我が家のリビングに入ったことがありませんでした。主人も私も常々それが残念で寂しく思っておりました。
悠Uサンルームは、そこでなら一緒に食事ができるのではという思いもあり、それも造った理由の一つでした。念願かなって、息子たちと娘夫婦とテーブルを囲み、お茶を飲んだり食事を楽しんだりしています。多いときには7人、ちょっと狭い感じはしますが、その距離感がたまらなく素敵で、まさに一家団欒、楽しいひと時となっています。
不思議なことにそれ以来、娘の旦那さんは、リビングにも入ることができるようになり、犬もすっかり懐いています。
主人も私も、「やっと家族になれた」そんな思いで、悠Uサンルームに感謝しています。
(文、株式会社 幾久屋 取締役会長 馬場 條)
悠Uサンルームのコンセプト 「しあわせ」空間の創造。
悠Uサンルームのまーるいお洒落なデザイン、明るく180°の開放的パノラマは、総てのものが理屈抜きで、「何時でもいつまでも、しあわせ」を感じることのできる、普遍的な絶対的快適空間である。
この機会にもう一文 “always and forever”
「日本地質学会」は1893年に創立された伝統と権威ある団体で、毎年春、秋の2回、会員主体に機関紙「ジオルジュ」を発行しています。
2014年夏、私の住む長野県千曲市にある「さらしな」(更級、更科)は、名月の里、そして、姨捨棚田は「田毎の月」で名高という事で、家族で訪れたジオルジュのルポライターの方から取材を受けました。その方が2015年1月に改めて岡田千曲市長をはじめ姨捨棚田は「田毎の月」に関わる方々から取材し、それが2015年春号に「連綿と続く・田毎の月」として3ページにわたり大きく掲載されました。
日本地質学会は125周年を記念して、学会の活動を世界に知ってもらうために、機関紙「ジオルジュ」の海外版(英語)を昨年(2018)4月に発刊しました。その中で、過去に「ジオルジュ」に掲載された多くの記事の中から、富士山の大噴火や地震国日本の地質学的特徴といったメジャーな記事と共に、日本文化の象徴として「連綿と続く・田毎の月」の記事がただ一件紹介されていました。
その最後の締めとして、私の悠Uサンルーム創造の想いと相通る、下記の記事がありますので原文のまま紹介させて頂きます。
今回の取材で、「田毎の月」の奥深さと人びとの熱い地元への想いを知り、千曲市姨捨だからこそできることをやりたいと意気込む馬場さんの言葉「何時でも、いつまでも」が心に響いた。数百年も前からいつの時代にも人びとの心を映してきた「田毎の月」は、いつまでも人びとの暮らしとともに引き継がれていくだろう。
This article, meanwhile, has covered the profundity of the Tagoto Moon and the passionate feelings we all have toward our hometowns. In Mr. Baba’s words, these feelings resound in our hearts “always and forever.” For hundreds of years, the Tagoto Moon has served as a timeless reflection of our souls—and it perhaps will be handed down as part of our lives for generations to come.